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糸谷哲学

直感は経験の集積から成る分析


002.記録係に価値を感じない

将棋世界2007年01月号」のインタビューより

001.糸谷哲郎幼少を語るの続きです。

●お話を聞いていると、ご両親が協力的なのがわかります。
「そうですね。ただ、奨励会に入るときは反対されました。将棋界のような勝負の世界に入る心構えが出来ていない、と。向いていないというよりは、僕がなっていない、と諭されました」

●熱意で説得したんですか。
「一回きりという条件で奨励会を受験して、ギリギリ合格したんです。一次試験が3勝3敗で、二次試験が1勝2敗だったので、合格が考えられる最低の成績でした」

●プロになりたいと思ったのはどういう理由だったのでしょう。
「純粋にもっと強い相手と指してみたいとおもったので」

●奨励会に間違った実力で入ってしまった、とおっしゃっていたようですが。
「(笑)。いや、弱かったらしいですね。7級に落ちそうになったこともありました。ただ、降級の一番はどうにか凌ぎましたけど。昔から悪運だけは強いんですよ」

●負けるとよく泣いていたそうですね。
「真性の負けず嫌いだったんですよ。それと涙腺の緩い人間ではあったんでしょう」

●今、将棋に負けて泣くことはありますか。
「それはないです。流石にこの年で泣いてたら厳しいものがあります」

●小4で奨励会に入ったのはかなり早いですね。
「いや、約二年間昇級できませんでしたからね。早く入っても上がれなければ意味ないです。」

●本誌に載った「昇段の記」によると、中学受験を頑張ったことが将棋にも良い影響を及ぼしたそうですが。
「はじめて物事に本腰を入れたのが受験だったんです。そこで頭を振り絞ったら、将棋も強くなったという。まあ、思考力が上がったんでしょうね」

●中学受験も奨励会受験と同じような感覚ですか?より高いレベルを経験したい、と。
「うーん、まあそこまで大変じゃないですから」

●そんなことはないでしょう。小学校時代、広島県内の模擬試験で10番以内に入っていたそうですね
「そうですね。今じゃ見る影もないですけど。あの頃と比べたら、今の僕は相当頭悪いですよ。両親も『一番頭が良かったのは幼稚園の時だ』なんて言ってるぐらいですし(笑)」

●糸谷さんは文系ですよね。昔からそうでしたか。
「そうですね。完全に興味が国語方面に行っていたのと、物理や生物に興味がないんですよ」

●スポーツはいかがですか。
「得意じゃないです。そんなに運動神経は悪く無いと思いますが、太っているのが大きいんでしょう(笑)」

●体重、何キロなんですか。
「それはヒミツです」

●中学生から始めた、インターネット将棋の影響が大きかったそうですが。
「大きかったですね。ネットがなければ今ここにいるかどうか分かりません。兎に角実戦不足だったので、指せるだけで嬉しかったです。サルみたいに指してました」

●ネット将棋は負けると熱くなって、どんどん早指しになって将棋が有れる、なんてことはないですか。
「今でも熱くなってますよ。将棋は荒れるかもしれませんが、もともと雑な将棋ですから(笑)。執念が生まれるので、熱くなるのもいい部分はあると思います」

●将棋倶楽部24だそうですが、始めた頃のレーティングはどれくらいだったんですか。
「最初は2100~2200点だったと思います。奨励会三段のときは3000点を超えたこともあります。」

●中学生棋士になりたい、という思いは当然あったと思うのですが。
「ありました。ただ、基本的に人間がいい加減なので、さぼっちゃうときはさぼっちゃうんですよ。で、いざ、本気になったら届かなくなっていたという」

●奨励会時代、印象に残っている対局はありますか。
「ワーストは自分の持ち駒を相手の駒台に載せて反則負けした将棋ですね。その対局は佐藤天彦さんだったんですけど、彼は同期なんです。僕のずっと先を行っていて、やっと2級差まで追いついての対局だったのになあ、と。そこからまた上に行かれて、僕が三段になったときに彼は次点を二回取っていましたから」

●でも、プロになったのは糸谷さんのほうが早かった。
「いや、まだ逆転できていないですよ」

●そんなことはないでしょう。
「まあ、自分よりも強いとは考えないようにしていますが」
※この辺の子供の頃から、奨励会の頃から続く棋士同士の力関係、世代関係というのは、外部の人間には見えにくいが、かなり重要な意味をもつように思う。2010年度における広瀬章人新王位誕生、そして豊島将之プロの王将戦挑戦、糸谷哲郎プロの棋王戦でのベスト8?、渡辺明竜王の二冠目への挑戦等をみて、次は俺の番だ、と佐藤天彦プロが思ったことは想像に難くない。(当サイト管理人による補記。…糸谷ファンサイトですが。)

●奨励会時代に記録をとったことはありますか。
「ゼロです。記録係に価値を感じたことはありません。家が遠かったですし、学校を休めないという理由もありましたが」

●現場の空気を吸う、という考え方が有りますね。
「僕は経験を知識で埋めることが出来ると考えている人間なので。記録はすごく辛いでしょうし、そこを乗り越えて何かを得る人もいるんでしょうけど、僕の場合は性格的にどうかな、と思います」

●性格的に、というのは?
「雰囲気みたいなものをあまり感じ取らないんですよ。人からオーラを感じることも無いですし。」
※このあたりのやりとりは、変な煽りでの売り言葉に買い言葉ではないにしろ、結果的に「記録係に価値を感じない」というような目を引く言葉を引き出すためのものであったことは間違いがない。国立大学に受かる程度に継続的な集中を要する勉強をこなせる人間に記録係がこなせないということは無いと思うし、本人が語るように学業との両立、遠隔地からの往復ということで純粋に時間がなかったということが主な理由だろう(当サイト管理人による補記)。

●奨励会員は、自分がプロになれるか疑う瞬間もあると思うのですが、糸谷さんはいかがでしたか。
「なかったですね。豊島将之君の次に若かったですから。あと、16歳で三段リーグに上がってプロになれなかった人はいない、というデータも大きかった」

●昇段をきめたとき「前回の例会でフリークラス入りは決まっていましたから」と涼しげに発言されていたのが印象的でした。
「そうですね。C級2組には行けると思っていたので」

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