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糸谷哲学

直感は経験の集積から成る分析


004.関西若手四強を語る(橋本崇載竜王×畠山鎮竜王)

将棋世界 2009年 07月号 [雑誌]の「将棋世界企画 関西若手四強を語る(橋本崇載竜王×畠山鎮竜王)」より

橋本 糸谷君は僕に負けたときは「橋本さんにまさか負けるとは思わなかった」って、口には出さないけどそういわんばかりの顔で涙を流していました(笑)。

(中略)

畠山 彼らは目先の勝ち負けには意外にこだわっていないんですけど、一方で自分たちより5歳前後下の世代を、非常に意識しています。彼らとてウカウカしてはいられないと自覚しているわけで、これはすごいことだと思います。

(中略)

個性豊かな腕力将棋

―― それでは、関西若手四強について具体的に論じてください。まずは糸谷五段からお願いします。

橋本 四強の中で一番強いと思います。手の見え方が抜群で、頭の回転も速い。腕力があって細い攻めをつなげるのもうまく、終盤の切れ味も鋭いんで、角換わり系の将棋があっています。ですが、難をいえば、力任せで粗いところがある。それと上積みがどうかですね。僕も彼のデビュー戦でやられてしまいましたけど、いま指しているぐらいのレベルの将棋なら、当時もすでに指せていたんじゃないかという気がしないでもない。

将棋が粗いということでいえば、序中盤の一局の命運を託すような手でも、彼の場合は時間を使わずにヒョイと指す。 当然、つくりの悪い苦しい将棋が多くなるわけです。ひどい作戦負けの将棋を一手違いの接戦に持ち込んだり、逆転にこぎつけたりする力が、だからたいしたものだとは言えるんですけどね。彼がここから先の上のステップを目指すのに、ここまで荒々しくて大丈夫なのかという心配はあります。四人の中ではいちばん素質があっても、タダの人に終わってしまう可能性もあるのが糸谷君ですね。

(中略) 僕が高く評価するのは手をつなげていく流れです。難なくつないでしまう。形成が悪くなっても諦めが悪いんですが、粘る順も見えるのが早い(笑)。力任せすぎて失点が多く、取り返せずに負けるパターンが多いのだけが気がかりで、序盤でつまずくとトップクラス相手にはまず、挽回できないと肝に銘じるべきでしょうね。本来はもっと勝ってもおかしくないはず、と思っています。

畠山 糸谷君の将棋は感情が盤上であらわになって、相手の駒に自分の駒をバーンとぶつけていくような手が多いですね。同世代のライバルに対してよけいその傾向が強まります。あとは、形の悪さをまったく気にしないのも特徴です。

(中略)

糸谷君の指し手には信念の強さを感じます。思い込みが強く、普通の棋士なら感触が悪いから構想を見つめなおすという場面でも、彼は一切きにしませんね。玉の反対側に金が出ていくとかいうのも気にしません。

(中略)

駒がどんどん玉の逆へ行くことに、本人は違和感を持っていない。相手はこの一見筋の悪い指しまわしと、最後の鋭さのギャップにやられてしまうんですね。これがもし負けていれば多くの棋士に「そんな指し方は本筋ではないよ」とか言われちゃうんでしょうけれど(笑)。優勢になってからは突如慎重になるのも糸谷君の持ち味です。

(中略)

糸谷将棋の最もらしい面が出たのは、平成20年7月1日のC級2組順位戦・対阪口悟四段戦でしょうか。(中略)以下、攻めの間合いを測りながら受け潰してしまいました。こういう感覚の棋士は他にはいないですよね。

橋本 彼は感性が独特で頭が柔らかすぎる(笑)。彼と指すと、いろいろ気付かない手が飛び出して楽しいです。途中で怠惰になって、ひたすらクソ粘りモードに入ってしまうことがあるのが玉にキズですけれど。

【当サイト管理人のコメント】
上記は初期糸谷将棋を語るうえで必ず引用されるだろう、貴重な証言だと思う。初期の糸谷哲郎プロの将棋の特徴は、1.形の悪さを気にしない・苦にしない力強さ、2.悪くなってからの粘り、3.良くなってからの慎重さ、4.その切れ味の鋭さ、だろうか。

また、糸谷世代(と呼ばれるか、佐藤天彦世代と呼ばれるか、或いはもっと一括りにして戸辺・或いは広瀬世代か?はこれからの彼らの活躍次第だろう)の特徴、特に関西のこの世代の特徴としては、その団結の良さがあるだろうか。

この若さで、次の世代を脅威として正確に認識しているというのは珍しい気がする。この記事を書いている2011年3月時点ですらまだ22歳の若さである。この将棋世界の記事が掲載された20歳頃であり、その時、四段昇段後の春を謳歌していてもおかしくない時期に既に次の世代、15歳前後の若手の台頭を意識していたというのは恐ろしい話だ。

その一方で、プロ棋界では糸谷・豊島などは7割以上勝ちまくっているという事実。彼らの目線の高さを感じさせるエピソードだ。

橋本崇載プロは69期のB2で9-1という見事な成績で上がったバー経営者兼プロ棋士という異色の将棋指し。豊富な定盤戦術と、筋のよい正統派の指し回し、ぎりぎりの受けの上手さに秀でた優駿(…だったが最近少々馬体重が絞りきれていないのが気になるところ…というのは余談)だが、彼の評価により、糸谷哲郎プロの優秀さが棋界に遍く知れ渡った。

いわば初期糸谷将棋を最も正確に理解している棋士かもしれない。谷川浩司先生は、初期糸谷将棋を評して「まだ目が慣れていないのではないでしょうか」という風に語っていた。一方で豊島将之棋士を「いつかタイトルを取るでしょう」と語っている。思えば豊島将之プロには、若い頃の谷川浩司先生の面影がある。何となくの見た目、という意味でもそうだし、その真摯な将棋への取り組み方、将棋の作りのケレン味のなさ、終盤の圧倒的な力など。

豊島将棋には、相手をみたクレバーな戦型選択から成る完璧な用意を感じさせつつ、その上で順当に勝つというよりは中盤で意外に苦しくして、少し粘り気味な局面からもつれて終盤の力で勝ちきる、というような印象がある。将棋における上から目線具合があまり感じ無い。

それに対して、糸谷将棋、特に初期の糸谷将棋には若干の上から目線具合を感じる。上から目線というのが正しくなければ大上段からの構えの攻め、だろうか。そのままヒットすると圧勝するのだが、プロの将棋においてはそういうケースは少なく、順当に苦しくなり、そこから粘りに粘って大逆転、というような印象だ。

プロの将棋においてオリジナル戦法が少ないのは、それではよくならないからだ。優秀な戦法はオリジナルに留まらずに広まるし、優秀ではない戦法は戦法自体が廃れるか、或いはその棋士自体が…という。よって画一的というのは言い過ぎかもしれないが、似たような思想の戦型に集約されていく。

そういう意味では、初期の糸谷将棋は、周囲からの期待に答えている面もあったと思うが、右玉やオリジナリティを意識した戦型選択が見られたように思う。

奨励会時代の短い持ち時間においてはオリジナル戦法に対する時間のなさからミスの発生度合い、発生するミスの大きさにより、それでも通用していたが、やがてトップクラスとの対戦において、そのオリジナル戦法の初見での見切りにより、本質的な戦法の欠陥を突かれる事実を認識したのか、最近は普通の将棋を指すことが多く、これは仕方ないと思う。

その一方で、完全なオリジナルではないが、先手番の横歩取らずの引き飛車や、後手の一手損においては細かい独自の主張を見せており、その主張が優勢・作戦勝ちを大きくおさめることはないものの、意味・意義としては通っており、持ち前の中終盤の力で勝ちきる、というところも見せている。

独自の将棋という意味では兄弟子の山崎隆之プロもそうだが、力戦模様で7割勝つ恐ろしさの反面、トップクラスとの星の悪さが、オリジナル戦法の限界点を示しているのに対し、今後糸谷将棋がどのような力関係をトップクラスとの間に見せるのか?に注目したい。

持ち時間や一手の決断の早さ(拙速さ)についての心配はもう要らないのではないか。確かに第69期のC2の順位戦においても酷い将棋が2つほどあったように記憶するが(そして持ち前の逆転力で逆転しているが)、最近は早指し戦とその他棋戦での指し方の切替ができているように思う。

通常の棋士は長考派はいつでも長考派だし、早指し派はいつでも早指しだ。両方の切り替えが出来るのは佐藤康光、郷田真隆、羽生善治などだろうか。しかし彼らにしても糸谷哲郎ほどの「切り替えの良さ」は兼ね備えていない。昨今の将棋、プロ将棋の頭脳アスリート化が加速していることを思うと、経験値を溜め込んだ羽生世代最強軍団に抗するには、糸谷哲郎プロぐらいにぎりぎりに踏み込まなければ、普通の人間では勝ち目がないと私は考えてしまう。そういえば少し下の菅井竜也プロにも似たような雰囲気を感じる。

糸谷哲郎がハッシープロが多少懸念するような「ただの人」で終る可能性はあるのかどうか。それについてはよくも悪くもNOだと思う。もし棋士としての大成が望めなければ哲学の道に歩むような気もするし、例えば村上春樹が翻訳と創作の両方の道で実績を残すように、実戦と哲学の両方の道でそれなりの功績を残すのではないか。

かなり若い年齢での奨励会入り、そこから2年の長きに渡る停滞、そこからのし上がるために身につけていったであろう、粘りの技術と不屈の精神。ここから先手番においては王道を歩み、後手番においては自身の哲学的求道精神により、一手損というパラレルワールドにおいて研究を発表しつづけるのではないだろうか。

ここ最近糸谷哲郎プロがみせている、ちょっとだけ通常の定跡とは異なる「パラレルワールド定跡」に大いなる魅力と可能性を感じている。そしてこの点については菅井竜也プロがやはり振り飛車の世界において同様の立ち位置にいるように思う。

次回更新に続く

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